Mag-log in今は自分のうちの近くの駅近くにある小さな公園のベンチに日差しを避けるように腰を下ろしている。
少し歩き疲れた俺が休んでいいか? とカレンに声をかけて座ったのだ。「うん、動ける範囲で聞いて分かったこともあるし、それに……少し気になることもあるんだ。だから今日はもう家に帰ってもう一度確かめたいことがある」
『何かわかったの?』 「まだ、確信があるわけじゃないんだけど」手に持っていたペットボトルの水を一飲みする。そして、出会って話した人たちの会話を思い出していた。
気になっていたのはカレンとアイドルグループの娘が話していた、同じグループの娘との会話。 「齋藤さんがね、あ、齋藤さんっていうのはうちらのマネージャーの一人なんだけど、あの子たちに彼女たちのマネージャーさんが言ってるのを聞いたらしいんだ。その内容というのがね、近々大きいとこでライブするって決まったこの大事な時に勝手にいなくなって迷惑かけるなって。本人からの連絡あったら直ぐに知らせろってすんごい怒鳴ってたみたい。だけど大きいとこでライブとか、うらやましいよねぇ」 「ねぇ~」 という会話。――どこが……とは言えないけど何か引っかかるんだよなぁ
そう思いながら一つため息をついた。『ありがとうシンジ君』
「な、なんだよ急に」 『だって、今考え込んだり、悩んだりしてるのって私のためでしょ?』 ――その通りです。どっかの誰かさんが憑《つ》いてきて居座るもんだから、早く出ていってほしいからがんばってるんです。カレンの顔を見てそんな言葉を言おうと思った。
『ありがとう』
言いながら胸の前にクロスされた腕に顔を隠してうつむいているカレン。 思った言葉は言わずに飲み込んだ。 それはこの時カレンが泣いてると思ったからだ。カレンだってなりたくて[幽霊]になったわけじゃない。だからつらいことはつらいのだ。 泣きたい時だってあるさ。そんなっことは十分に理解できる。ただ何もしてやれない自分がいる。情けないけど、落ち込んでしまっている人を励ますことが出来るスキルなど自分は持ち合わせていないのだ。ブブブブブブ
腰に入れておいたケータイが鳴っている。ポケットから震えるケータイを取り出して表示を見ると、そこには伊織というわが妹からの着信を表示していた。慌ててすぐにその着信に反応する。
「はい、うん、うん、わかった。近くにいるからすぐに帰るよ。うん、じゃ」 カレンの事はなるべく見ないようにしながら伊織との会話を終わらせ、一つ大きなため息をつく。そして顔はそのままケータイを向きつつ声をかけた。 「カレン、帰るぞー。今日はカレーだってよぉ~」 『か、カレー? ちゃんとお供えしてくれないと食べれないんだからね?』 ――お? 少しは元気になったみたいだな?「そんなのするわけないだろ? うちには仏間はありませぇ~ん」
『そんなのずるいよぉー、私もカレー食べたぃ~』先ほどまでの少し重くなりかけた空気を振り払うように、なるべくバカっぽい話題をしながら夕焼けに染まってきた道を歩いて家路についた。
日をまたいだ月曜日の放課後、俺たち三人はとあるビルの前に来ていた。三人?そう、俺とカレン、そして未だに少しイヤそうにしているけど|義妹《いもうと》の伊織だ。
もう一度カレンの事務所の人に話を聞きたいと思った俺は、反省を踏まえてある作戦をカレンと二人で考えた。名付けて[義妹の伊織をアイドル志望と見せかけて面接させちゃえ!!]作戦だ。 我ながらなんてバカっぽいとは思うのだが、男一人でアイドル事務所に足を2度も運ぶのはさすがに気が引けるし。今回は面接に来た妹の付き添いって感じで何とか事務所に入ってしまおうという事で。いやぁでも、伊織を説得するのに結構苦戦した。本人曰く「かわいくないから」「アイドルは好きだけど、なりたいとは思わないし」とか「学校に行けなくなるし」「お兄ちゃんの世話しなきゃいけないし」とかいろいろな理由をつけて断っていたのだ。
――兄としては可愛いと思うんだけどなぁ。本人には直接言えないけど。少し気になる理由が混ざってるけどとりあえず、今は気にいないでおこう。うん。
それでもここまで来てくれたのは、頑張って説得する俺がかわいそうに思ったのか「今回だけだよ?」って了解してくれたからだ。
――ありがとう義妹よ。でも俺のためじゃなくてカレンのためだからね? 言えないけど。
カレンの言う通りに話をしたら受付のお姉さんは案外楽に通してくれた。 会議室って書かれてる部屋に案内されて、担当者が来るまで少し待つようにとのことだった。「や、いらっしゃい。初めまして面接をするように言われた近藤と都築といいます」
数分後ドアを開けて入ってきた男性二人。割とがっしりした体格の人が近藤さんで、細身で背の高い眼鏡をした方が都築さんというらしい。 そしてこの都築さんという男の人がカレン達セカンドストリートのマネージャーでもある。 入ってきた二人を見て俺は床に目を落とした。決して恥ずかしいからとかじゃないけど、まぁ、少しはあるかな、それ以上に見たくないモノが見えてしまったからなのだが。意外なほど面接している雰囲気は和やかなまま過ぎていった。俺はなるべく見ないように聞かれたことにだけ、伊織が返答に困ったときにだけ返事をするようにした。
「ではここまでで、何か質問はあるかな?」 都築さんが訊ねてくる。 「あの、俺から少しいいでしょうか?」 「何かな?」 面接する二人から視線を向けられて緊張する。 ツバを一飲みする。 「あ、あの、ここにはセカンドストリートの方も所属していますよね? 今はカレンさんが行方が分からないとか騒がれてますけど、その、義妹のお仕事とかは大丈夫なんでしょうか?」 「あぁ~その件ね、おい、都築くんその辺どうかな?」 「まったく問題ありません。あの子もすぐに戻ってくるでしょうし。何より妹さんがデビューするのとはまた別な話ですから」 「と、いうわけらしいですが、他には?」 「いえ、俺からは以上です」では結果等の連絡は後程しますのでと、連絡先などをを再確認して二人は部屋から出ていった。
ふぅ~。はぁ~。
ため息が二人から漏れて、顔を見合わせて苦笑いする。 「きんちょうしたよぉ~」 胸に手をあてて下を向いた伊織 「あ、ありがとう伊織。こんな事に付き合ってもらって」 「え、あ、ううん。大丈夫。いい経験になったから」 そう言って向けてくれた笑顔はやっぱりかわいかった。少したって、落ち着いてからお礼を述べてビルを後にした。
来たときはまだ日差しがギラギラしていて道路も歩道も焼けるようだったが、ビル向こうに傾いて夜と夕方の中間くらいになる空には、まだ薄くだが星が出ていて頑張って光り輝いていた。郊外にある家に着いた時には19時を回っていて、珍しく早く帰宅していた母さんに「仲良くお出かけだったのかしら?」なんてからかわれたりして、伊織がそれをマジに否定する。なんて一幕もあったが、特に変わらぬいつもの雰囲気で夕飯を食べ終わり、今俺は部屋のパソコンの前で開いたページを見ながら今日聞いた事を思い出していた。
『で? なにかわかったの?』
「うわった!!」 パソコンをのぞき込むように出てきたカレンに驚いて、椅子から転げ落ちそうになるのを踏ん張って我慢する。 「お前は毎回そんな登場しかできないのかよ?」 『ごめんネ?』 舌を出しながらウインクとか、っこれが噂の[てへぺろ]ってやつか!? う~ん。さすがアイドル、素でもとんでもない技をだしてきやがる。「わかったことはある。少し違和感があったんだけど、それが何かはわからなかったんだ。でも今日その正体がわかったよ」
『へ~、あなたもそんな顔するんだ、意外と……悪くないわね』 「ハイハイ」 『心がこもらない返事やめてよね!!』 「まぁ、冗談はこのくらいにして話は戻すけど」 冗談にされちゃったわよとかなんとかカレンはまだブツブツと言っていたが、俺はそれを無視して続ける。「今日分かったこと、それは……」
『それは?』 「君はまだ生きている。間違いないよ」 『ほ、ほんと? ほんとかな? どこ? どこにいるの? あたし!!』 「ごめん、それはまだわからないんだ。でも……急がないと間に合わなくなるかもしれない」それから少しカレンと話をして作戦を立てる。準備とか話をつけなきゃならないこととかもまだ少し残っている。それを明日にすることにして、作戦は2日後にされることになった。
余談ではあるが……。 「マジで何で今日も何でついてくるんだよ!!」 『仕方ないでしょう!! 私はあなたに憑《つ》いてるんだもの!!』 「だからって風呂にまでついてくんなよ!!」 『大丈夫よ、見ないように後ろ向いててあげるから』 「一緒に入ってるのにかわりねぇぇぇぇし!!」 というやり取りがこの日もされ、通りかかった伊織に不思議な顔をされて泣きそうになった俺がいた事も忘れてはいない。『今行かなくてもいいじゃない?』『ほらほらあっちに川があるし皆でいこうよ!!』『しんじぃ~!! こら!! 無視するな!!』『伊織ちゃんは分かってくれるわよね?』 などなど。とてつもなく俺の後頭部がうるさいのはお約束のようなものだ。皆でいくと決めたからこそ今誰もいない集落の中を歩いて向かっているのだけど、入る前からしぶっていた母さんが一人でブツブツと言っている。 俺しか聞こえないのであれば、完全に無視することもできたのだけど、俺の隣を歩く伊織も聞こえているという事で、母さんから話しかけられた伊織はどうしたらいいのか分からず凄く困っている表情をしながら、俺の服の袖を二、三度くいくいと引っ張ってきた。 その度に気にするなと伊織に言っているのだけど、母さんにはちょっと弱いところがある伊織はどちらからの板挟みになってあたふたしている。「母さん」『ん?ようやく話を聞く気になった?』 赤い鳥居が身近に迫って来た時、俺は立ち止まり母さんに話しかけた。「あの周辺に何かあるのか?」『え? ど、どどど……どうして?』「どうしてって……。まぁその反応を見ただけで分かったよ」 はぁ~っとため息をつきながら母さんの方を見る。母さんは何とも言えない表情をしながら、俺から視線をフイっと躱した。「で? 何があるの?」『…………』「言わなくてもいいけどね。俺たちもうすぐ着くし」『はぁ~。……とりあえず行くのであれば鳥居の前までにしなさい』「そこまでは安全って事?」『今は……ね』 |今《・》|は《・》という意味深な言葉を最後に、その場での俺と母さんの会話は終了した。 それ以上は聞いても何も話をしてくれないと分かっているので、俺は再び先に進む為歩き出す。 立ち止まった時
すると、それまでは仕事をしていたのだから当たり前だと思っていた、工事をしていた時に使用していたであろうスコップ類やツルハシ、そしてヘルメットや軍手、中には食べかけで止めたような弁当の様な箱と水筒が、プレハブ小屋の周辺に散らばっている様子目に映る。「確かに……ちょっと変だね」「でしょ?」 ぼそっとこぼした言葉を拾った理央さんが返事をした。「……とりあえず、プレハブ小屋をみてみよう」「そうだね……」 俺が先に歩き出すと、俺の言葉を追って伊織もまた一緒に歩き出す。そしてプレハブ小屋の窓部分から中を確認する。「うわぁ……」「荒らされてる? ううん。荒れてるって言った方がいいのかな?」 ふと漏らした言葉に続いて中を覗き込んだ日暮さんからも、俺が言葉にしなかった気持ちと同じセリフが漏れ聞こえた。「ねぇ!! 中に入れるみたいよ!!」「「え?」」 小屋の入り口の扉をガラガラと開けつつ相馬さんが俺達に向け声を上げた。「鍵は?」「え? 開いてたよ?」「…………」 俺と日暮さんは顔を見合わせて黙り込んだ。――こういうところは相馬さんらしくて羨ましいな……。 先に何かあるかもしれないという様な恐怖心を全く感じさせること無く、その先へと行動に移せるところは素直に凄いと思う。 せっかくドアが開いて中が見れるというので、俺はそのままドアから中に入ることなく周辺を警戒しつつも様子をうかがう為に顔だけ入れてみた。 窓から見たときにも思ったけど、中は工事に関係する書類やファイル、工事道具やホワイトボードに書かれた公示予定表などが、働いていた人が最後にここにいた時、そのままの様子で残され
朝食を食べ終え、皆で片づけを終えると俺達は話をしていた場所へ向かう事にした。 初めは俺達だけで行く事に難色を示していた公平さんだったが、相馬さんが俺達なら大丈夫だと、いやなんなら伊織がいれば何かあった時に対処できると、ちょっと無理やりな感じではあったけど公平さんを説き伏せた。 確かに伊織がいれば何かあった時には困らないかもしれない。特に伊織のあの力が有るのであれば、ある程度のモノ達はどうとでもなるような気がする。 ただ、ただ表立ってそう言われると、俺という存在が一緒にいる事の意味が無いような気がしてくる。――確かにその通りなんだけどさ……。 がっかりと項垂れる俺を伊織と響子さんが慰めてくれる。相馬さんだって悪気が有って言っているわけでは無い事くらい、ここまで一緒に行動するようになってから分かってきたつもりだ。 それにしても、やっぱり目の前でそういう事を言われるのには慣れていたつもりだけど、実は地味に気にはなっているのである。「さぁいきましょう!! ん? どうしたの藤堂君」「いや夢乃あなたねぇ……」 俺が気落ちしている事に気が付いた相馬さん。首を傾げて俺を見ているのを見て日暮さんがちょっと話が有るからと少し離れた所に連れて行った。 何やら日暮さんに注意されているようだけど、相馬さんからは「え? どうして?」などという言葉が漏れ聞こえてくるので、俺の事をやっぱりあまり気にしていなかったようだ。ただ日暮さんからの注意を受け、かなりへこまされたようで、二人での話合いから戻って来ると、俺にすっごく頭を何度も下げつつ謝られた。 気にしてないと一応の対応はとっておいたけど、どうやらそれが虚勢だという事は伊織にはお見通しだった様だ。「大丈夫?」「ん? あぁ伊織か」 林の中――あの俺達が見た者たちが向かって行った先にある木々の間を歩いて向かっていると、俺の隣スッと並んできて顔を覗きこむようにしながら伊織が話しか
「公平さん。率直に聞きます。あの方向には何かあるんですか?」「あの方向?」 俺はスッと腕を上げ、その方向を指差すと、公平さんは俺の腕の方向へと視線を向けた。「っ!?」 そしてその方向を見て、目を大きく見開き驚愕の表情をする。「……君は……何かを見たのかい?」 視線はそのままで俺に声を掛ける公平さん。その声は少しだけ先ほどまでの声よりも低くなっていた。「そう言われるという事は、何かあるんですね?」「…………」「言いたくないのであれば別にいいですよ。このまま何もしないでいて、皆に何かあったら嫌なので後ほど確認しに行こうとは思ってますけど」「お義兄ちゃん?」 何も言わない公平さんに聞かせるようにして話をしていると、それを聞いた伊織が俺の方へと詰め寄ってきた。「何それ? 聞いてないんだけど?」「ん? だってこのままじゃ安心できないだろ? 確かに感じるのは俺と伊織しかいないかもしれないけど、皆に何も被害が出ないとは言い切れないわけだし。なら先手必勝?」「先手必勝って……ちょっと違うと思うよ?」「あはは。気にするな」 伊織と話をする間も、公平さんは視線を変える事無く俺が差していた方向を向いて動かなかった。「じゃぁ今日の予定はそんな感じ?」「え?」 公平さんを連れて来る時に一緒に来ていた平先生が、そこでようやく声を掛けてくる。「皆にもその事を言わないとね」「あ、いや。行くのは俺だけで――」「「ダメ!! (です!!)」」 元から一人ででも行こうと思っていたので、そう言おうかとしたら平先生と伊織から先にダメ出しをされてしまった。「じゃぁ私は皆を呼んでくるわね」 そういうと平先生は皆の方へと歩いていく。 その後ろ姿を見ていたら、公平さ
皆を起し終わり、市川父を手伝って火おこしの準備を整えていると、炊事場の方から色々な食材が綺麗にトレーに載せた皆が戻ってきた。それからかまどや昨日のバーベキューセットの上に鉄板や鉄の網を載せて、ジュ―!! と音を立てながら食材を焼いたりしていく。その隣で小さなかまどの上で小さな鍋を火にくべお湯を沸かす。このお湯は食事の時一緒に飲むスープやコーヒー用だ。 周囲にいい匂いが立ち込め始めると、いそいそと紙の皿を出したり、食材の入っているクーラーボックスから食パンやバゲットなどを取り出し始める理央さん達。準備ができたと市川母から声が掛けられる頃には、昇ってすぐの位置に有った太陽は少しだけ高くなっていた。「良しまずは食べよう!!」「いただきます!!」「「「「「いただきまぁす!!」」」」」 市川父が用意された椅子に腰かけながら声を掛け、キャンプ2日目の朝ごはんが始まった。 前日の夕飯は時間的には既に夜に差し掛かっていたこともあって、テントの準備や夕飯の食事の準備などで慌ただしく、周囲の様子は良く見えないまま火が通ってきたらすぐに食べ始めたので、朝になって自分たち以外がどのように過ごしているのかをようやく少し落ち着いた状態で見ることが出来た。 ちょっと離れた場所にテントを張っている人達も、朝食の準備をしている様で、忙しなく動き回っているのが視界に入ってきた。 ただ、キャンプ場自体が山間にあるという事もあり、ちょっと視線を樹々の生い茂る林の方へと向けると、静かに降り注ぐようにして視界を防ぐかのように漂う霧がその先を見る事の邪魔をしている。――たしかあっちの方へ行ったよな……。 深夜とも早朝とも言われる時間帯に見た者たちの移動していった先を見ながら、俺は手に持った食パンをかじる。 そんな俺の視線に気が付いたのか、視線を戻すと日暮さんが俺の方をじっと見つめていた。「真司君。なにか――」「あ、いたいた
伊織と向かい合ってお茶を飲んでいるが、伊織が何とも言えないデザインのパジャマを着ていた。――確かに可愛いとは思うけど、普段の伊織とのギャップが……。 などと考え事をしていると、それまでしていた衣擦れの音がしなくなっている事に気が付いた。「もう……いいよ……」「うん? 着替え終わったのか?」「うん」 伊織からの返事が返ってきたので、俺はようやく体の向きを変えることが出来た。そしてそんな俺の目の前には、先ほどまでの可愛らしさの有った服装とは打って変わって、動きやすさ重視なんだろうけど、それでいてスッキリとした形の黒のパンツと、季節と風景を意識して選んだであろうライトグリーンのシャツに、クリーム色のパーカーを合わせた姿の伊織がちょこんと座っていた。 ちょっとだけその姿を見て黙る。「な、なに? どこか変かな?」 俺が黙っている事で少し不安になった伊織が、自分の姿を見回した。「いや……。似合ってると思うぞ? うん。可愛いと……思う」「……ありがと……」 尻すぼみに小さくなった俺の言葉を受けて、伊織もまた小さく返事を返してくれた。その姿がどこか恥ずかしそうにしているので、俺もまた何故か恥ずかしくなってしまった。「じゃ、じゃぁ俺も着替えるよ」「う、うん。あ、私、朝ごはんの支度しに行ってくる!!」「おう!! 頼むな!!」「うん!!」 勢いよくテントから飛び出して行く伊織の後ろ姿を見送ると、俺もまたきがえをはじめるのだった。「おはようございます」「あら、おはよう。早いのね」 テントから出て伊織の事を手伝おうかと炊事場へと向かって行くと、そこには用意された野菜を手早くカットしていく市川母の姿が有った。「よく眠れた?」